ギャラリー16トップ

ギャラリー16トップ
Exhibitions

岸田良子展

「TARTANS」

2022年11月15日(火)〜11月26日(土) 
12:00〜18:00(月曜・休)

  

▶展示風景VRページでご覧いただけます!(新しいページで開きます)

イギリスで刊行された図版集に載っているタータンチェック模様を選んで縦横それぞれ12倍に拡大し、80号のカンヴァスに油絵具で模写していく──岸田良子が2010年から現在まで続けている「TARTANS」シリーズは、対象が一切のアレンジなしに描かれることもあいまって、見る者にジャスパー・ジョーンズのとりわけ初期の絵画作品を連想させずにはおかないだろう。よく知られているように、この時期のジョーンズは星条旗や数字、標的といった既存の図柄や記号をそのまま画題にすることで、当時アメリカを席巻していた抽象表現主義とは異なる絵画の可能性を切り開いたが、彼はレオ・スタインバーグによるインタビューの中で、これらの画題を選んだ理由について、画題自体の主観的な好き嫌いではなく「ただそこにあったということが好き」であるがゆえに選んだのだと述べている(スタインバーグ『他の批評基準』)。このジョーンズの発言が画期的なのは、描くことを、何らかの主観的・主体的な価値判断のもとに対象を描くという行為から、そういった価値判断抜きに対象が「ただそこにあったということ」を描くことへと転換させていることにある。

「TARTANS」シリーズに以上のようなジョーンズの態度変更の影響を見出すことはさほど困難ではない。それは既にある図柄や記号を絵画に写す=移すという行為もさることながら、このシリーズの始まりをめぐる経緯にも見出すことができるだろう。もともと彼女が参考にしている図版集自体このために買ったものではないそうで、そしてこの「TARTANS」を始めたきっかけも、それまで行なってきた「白地図」シリーズの継続が諸事情で困難になったからだという。以上のような経緯が重なったところに図版集が「ただそこにあった」ことから始めたのが「TARTANS」シリーズなのだが、このことは、岸田においては、「ただそこにあった」ものごとに対する表現手段やメディウムを超えて一貫した関心が創作の基礎となっていることをよく示している。言い換えるなら、ジョーンズが絵画において展開していたことを岸田は絵画に限らない形で、絵画もまたその中に含まれるような位相において展開しているのである。そのような展開を可能にさせているのが、事物の「名前」をめぐる彼女独特の考察である。

岸田は1970年代末から90年代にかけて、事物の名前を主題にした作品を手がけている。俳優・女優のポートレートをABC順に並べて26冊の本にした「A、B、Cスター絵本」(1979)や、自身が収集した和洋中さまざまな料理店のメニューを並べ直してリストアップして本にした「MENU」(1982)、全国各地にあるニュータウンの地名を取り出してカード化した「住宅地名」(1984)、医学書に載っている病名を取り出した「病名」(1996)など、身の回りにある名前をインデックスとして再提示することが続けられていたのだが、これらの作品において特徴的なのは、名前を事物に紐づけられたものとしてではなく、まさに「ただそこにあったもの」として扱っていることである。名前を事物から独立したものとして扱うことで、扱う者の感情や感覚、価値判断とは無関係に事物からなる世界を扱うことができる。「それ(引用者注:名前を集めること)は存在を免除することであり、そして存在の免除は言葉である」(「言語/名前」展(1996)ステイトメントより)という、岸田が発した一見謎めいたアフォリズムが示しているのは、世界に対するそのような態度である。それが「TARTANS」シリーズにも通底していることは、言うまでもない。

ここ数年と同様、今回も「TARTANS」シリーズの新作と、上述した事物の名前を主題にした作品を再展示する「INDEX」の二本立てとなる(今回は「病名」(1996)が再展示される)。「TARTANS」シリーズの、即座には図柄を連想できないような名前の作品群と、「病名」という、名前自体が医学の発達や社会の変化にともなって増えたり減ったりするものをテーマとした作品群を並行して見ることで、私たちは岸田の言葉と物に対する一貫した深い考察に基づいた実践の一端を垣間見ることができるはずである。

前田裕哉(鑑賞者)

 

▶︎岸田良子 Kishida Nagako


1949 山口県に生まれる
1974 京都教育大学特修美術科西洋画教室卒業

【個展】
1977 〈カタログ〉 ギャラリー16(京都)
1978 〈鳥類図鑑〉 ギャラリー16(京都)
1979 〈A・B・Cスター図鑑〉 ギャラリー16(京都)
1980 〈Collect〉 ギャラリー16(京都)
1981 〈電話帳〉 ギャラリー16(京都)
1982 〈MENU〉 ギャラリー16(京都)
1983 〈天気予報〉 ギャラリー16(京都)
1984 〈住宅地図〉 ギャラリー16(京都)
1986 〈商品名;失語症ゲーム〉 ギャラリー16(京都)
1987 〈国語辞典〉 ギャラリー16(京都)
1988 〈世界地図〉 ギャラリー16(京都)
1989 〈外来語辞典〉 ギャラリー16(京都)
1990 〈日常会話〉 ギャラリー16(京都)
1991-1995 〈白地図〉(①〜⑤) ギャラリー16(京都)
1996 〈言語 / 名前〉 ギャラリー16(京都)
1997-2005 〈断片 / 白地図〉 ギャラリー16(京都)
2006 〈断片 / 植物、京都市伏見区深草藤森町1〉ギャラリー16(京都)
2007-2009 〈断片 / 白地図〉 ギャラリー16(京都)
2010-2014 〈TARTANS〉 ギャラリー16(京都)
2016-2022 〈TARTANS〉 ギャラリー16(京都)

【グループ展】
1984 国際アーティストブック展 ルナミ画廊(東京)7か所巡回
1996 THE INTERNATIONAL LIBRARAY(a project by Artist HELMUT LOHR Art Museum) UNIVERSITY OF MINESOTA(U.S.A.)
2002 THE BOOK / 観賞週間 ギャラリー16(京都)
2005 個展「方法としての断片 / 再読 白地図」 海岸通ギャラリーCASO(大阪)
2006 Printed Matters 2006 Artists’ Books 東京パブリッシングハウス(東京)
2007 個展「地図は地図である」 海岸通ギャラリーCASO(大阪)
2013 岸田良子展 Fuji Xerox Art Space (横浜)
2015 版画コレクションのあゆみⅢ -コピーアートの時代 Fuji Xerox Art Space (横浜)

2016 複製技術と美術家たち ピカソからウォーホールまで 富士ゼロックス版画コレクション×横浜美術館 横浜美術館

2016 岸田良子個展〈天気予報〉〈白地図〉東京パブリッシングハウス(東京)